2024年07月18日
祇園祭 ’24–05 前祭終了
2024.07.18
祇園祭 ’24–05
前祭終了
今日は18日、昨日は前祭の山鉾曳廻と神幸祭がありました。
このBlogも13日を最後にサボっておりました、いやサボっていた訳では無く撮影に振り回されていたと言った方が正しいかと。 14日は宵々々山、15日が宵々山、16日は宵山、そして昨日17日は前祭の山鉾曳廻と神輿渡御でした。
宵山の3日間は、駒形提灯に灯が入った夜だけでは無く、昼間も見所があります、また天気の良い日だけでは無く、雨の日も又楽しみ方はあります。 祇園祭は疫病退散の祭です、雨が降ってジメジメしている時期に行われるので、雨が撮れないと祇園祭を撮影している事に成らないかもしれません。
そういった事で、サボっていた5日間の成果をご覧ください。
最初の写真は、15日の宵々山で雨の中撮影した駒形提灯です。 月鉾を後方から東を向いて撮影しました、左端に見える細い柱は函谷鉾の真柱です、バックは東山でもっと細い柱は長刀鉾です。
二枚目の写真は白楽天山の町内で撮りました。 舞妓ちゃんが日傘をさして歩いているように見えなくも無いのですが、鉾の提灯と傘の重なった影です、面白かったので気合を入れてトライしてしまいました。
三点目の写真は、昨日行われた山鉾曳廻しの1コマです。 山鉾曳廻しは長刀鉾を先頭にして四条新町の交差点を9時に出発します。 出発の前にお稚児さんが強力(剛力)に肩車されて長刀鉾に乗り込むところです。
13日のBlogに「八坂神社との裁判はどうなったか」と書込みが有りました、ご面倒でなければ八坂神社側にお問い合わせ頂けると、大変有り難いのですが。
2024年07月13日
祇園祭 ’24–04 松上げ・稚児社参
2024.07.13
祇園祭 ’24–04
松上げ・稚児社参
今日は7/13、午前中は長刀鉾の稚児社参、午後は新町通の曳初が有りました。 昨日の午後は新町通の曳初でした、午前中は岩戸山の松上げがありました。 鉾が四本柱の櫓に真柱セットして起こす作業を真木立と呼ぶようです、曳山が真松を立てる作業は松上げと云います。
駒形提灯に灯が入るのは、早い町内では今夜から、粽は今日から売っている鉾も在りましたが、舁山は明日からに成るのでしょうか。
本日、ご覧頂く写真の一枚目は、昨日の午前中に撮影した岩戸山の松上げの一コマです。 前回のブログで、鉾の真木立にはウインチを使用したり、クレーン車で行う鉾もあると書きました。 後祭も含めて、曳山の松上げは写真のように人力で行うのが主流です。
二枚目の写真は、長刀鉾の稚児社参の1コマです。 鉾町を出発して、四条通りを東に進み、鴨川を超えて、西楼門の前を通過しているところです。 コロナの前までは、馬と稚児をアップで撮っていました、最近は広いスパンで撮影する事を学習しました。
2024年07月11日
祇園祭 ’24–03 本格スタート
2024.07.11.
祇園祭 ’24–03
本格スタート
祇園祭も昨日の鉾建および神輿洗によって本格スタートしました、観光客も大変多くコロナ以前よりも多く成ったように見受けます、特に外国人観光客が多いように感じます、これも円安の成せる技でしょうか。
昨日の朝は8時半にホテルを出て、昼に一度戻って休憩を摂って、撮影を終えたのは20時半位でした。 20時過ぎに撮影を終えたと書きましたが、疲れたので私が個人的に終わらせただけの事で、祭礼自体はまだ続いていました。
最初にご覧頂く写真は、一昨日の9日に撮影した出囃の1コマです。 宵山が始まるまでは、鉾の囃子方は各所から声を掛けて貰い、料理屋やデパートなどに出向いて演奏を披露します。 この写真は河原町のOPAに出向いていた四条傘鉾です。 四条傘鉾は傘鉾なので鉾の本体は在りません、よって囃子方は歩いて行列に参加します、太鼓も写真のように抱えて歩きます。
二枚目にご覧頂くのは、昨夜行われた神輿洗いの1コマです。 神輿洗いの神輿が通る道筋、八坂神社から四条大橋までを清める大松明です。 四条大橋の上では大松明を立てて、回せマワセと声を掛けて回します。 この松明の燃え残りが、火伏せのお守りに成るとの事で、家に持って帰ります。
三枚目の写真は、本日の鉾建の1コマです、四条通の山鉾は、10日と11日の2日間で行われます。 鉾建のメインは四本柱の屋台に、20m以上もある真柱を取付けて、立てる(起こす)作業ですが。 この写真は真柱を取付ける前の作業として、屋台を後方に90度回転させているところです。 古来は人力で引き起こしていました、それがウインチに代わり、そしてクレーンを使う鉾まで出てきました、コレも21世紀の祇園祭なのでしょうか。
2024年07月08日
徘徊歳時記 ’24-35 京の都&東の都
2024.07.08
徘徊歳時記 ’24-35
京の都&東の都
今日は祇園祭の撮影が無い日でした、私が入手している資料には無いだけで、各町内にはそれぞれ何かしらの集まりが在るのかと推察する次第です。
都知事選に関してですが、小池さんが全体の票(投票率60%程)の半分近い(40%程)を獲得して、石丸氏と蓮舫氏は二人の票を足してヤット小池さんの得票数程度、何と謂うテイタラクでしょうか。 特に蓮舫氏は他人の批判を辞めて自分が何をするのか、これをアピールするべきでは無かったのでは、批判だけでは物事は前に進みません。 石丸氏と蓮舫氏は副知事になって、小池さんの政治姿勢を勉強したら如何でしょうか。
今日は祇園祭の撮影が無かったので、廬山寺と相国寺の徘徊に成りました、廬山寺は桔梗そして相国寺は蓮です。 帰り道の四条室町の角で八坂神社の神官を見掛けました、どこぞの町内の切符入りの帰りでしょうか?
添付写真の一枚目は、昨日行われた綾傘鉾の稚児社参の1コマです。 稚児をアップで撮るのでは無く、長刀鉾の稚児舞披露の撮影の時と同様に、メデアも観光客もバックの建物も入れて、広く広く撮るように心掛けました。
二枚目の写真は今日の相国寺です、蓮を撮ったのですが、水面に映った花も入れてみました、如何でしょうか。
2024年07月07日
祇園祭 ’24–02 京に来ました
2024.07.07
祇園祭 ’24–02
京に来ました
今日は7日です、一昨日の5日の昼前に京都駅について、ホテルに荷物を預けて早々に撮影に出ます、撮影の前後は情報収集に廻ります。
昨日はダブルヘッダーでした、午前中に東福寺に行って、昼は御池の地下街で友達と飯を喰って。 その後、送っておいたインクジェット・プリントによる、仮作品の用紙をチェックした結果を聞いて、昼の部はこれで終了です。
添付写真の一枚目は、5日に撮影した長刀鉾の稚児舞披露です。 昔でしたら窓イッパイの横位置で、お稚児さんと禿さんだけを撮っていたのですが、今は邪魔なメデアも観光客も、ミンナ纏めて画面内に入れるようにしています。
二枚目の写真は、東福寺の天得院で撮影した白地に紫の斑点が入った桔梗です、ここ以外では見た事が有りません。 桔梗と云えば紫の花を思い浮かべるのが一般的かと思うのですが、天得院ではこれら以外に白、薄いピンクなども観る事が出来ます。
三枚目は、昨日の夜の部で撮影した写真です、花傘巡行に参加している祇園獅子の練習風景です。 何十年振りの撮影に成るのでしょうか、とにかく久し振りです、以前撮影した時には私以外に人は居ませんでしたが、昨日は溢れ返る程の人集りでした、外国人観光客が半数、日本人が半数位だったでしょうか。
2024年07月02日
祇園祭 ’24–01 未だに東京
2024.07.02
祇園祭 ’24–01
未だに東京
七月に入りました、今日は二日です。 祇園祭は昨日から始まっています、昨日一日は長刀鉾のお千度があった筈です、はずだと言っているのは、私は未だ東京に居るからです。 四条通のアーケードのデコレーションも、祇園祭をデザインした幕だったり、駒形提灯だったりと、祇園祭バージョンに替わっている筈です。
昨日そして今日は京都に送る荷造りに奮闘しています。
最初にお見せするのは、長刀鉾のお千度の写真です、だいぶ昔に撮影したものです。 東京に居ても、昨日はお千度だ、今日は何々だとワクワクして、落ち着かない状況です。
二枚目の写真は、先月29日に桃園川緑道で撮影した紫陽花です、やっぱり紫陽花の葉には水滴が着いていないと。 右端辺りの小さな茶色は蜂だと思います、羽根を広げてホバーリングをしている状況でしょうか。
2024年06月28日
徘徊歳時記 ’24-34 蒸し暑い
2024.06.28
徘徊歳時記 ’24-34
蒸し暑い
前からそうだったのですが、梅雨に入ってからは前にも増して蒸し暑い日が続いています、「やっと夏が来るのかな」こんな感覚で居ります。
25日、26日は徘徊に出ていましたが、昨日、今日はサボっています、この蒸し暑さで体が付いて行けない、これが本音でしょうか。
一枚目の写真は白い紫陽花です、25日に向島百花園で撮影しました、神田の花火だと思うのですが。 向島百花園は紫陽花が沢山植えられているのですが、ネームプレートが付けられていない株が多く、不勉強な私には今一です。
二枚目は26日に大久保通の神田川と山手通の間に在る商店街で撮りました。 初めて撮った花なのでネットで検索したところ、デュランタと出て来ました。 桃園川緑道を撮影していて、神田川にぶつかったので、今度は大久保通を西に戻ったところです。
2024年06月25日
徘徊歳時記 ’24-33 梅雨入り
2024.06.25
徘徊歳時記 ’24-33
梅雨入り
関東地区も、先週の末に梅雨入りしたもようです。 例年に比べると、10日遅れだとか二週間も遅れたとか、トニカク梅雨入りしたのは良かったとして、今度は梅雨明けが心配の種です。 例年ですと京都の梅雨明けは、16日の宵山or17日の午前中、前祭が終わると梅雨が明けている、このパタアンが過去の標準でしょうか。
梅雨に入ったばかりだというのに、もう梅雨明けの心配をしています、公式には未だ祇園祭は始まっておりません。
19日、22日そして昨日と徘徊には出ています、22日は紫陽花を撮影したくて善福寺公園に出向いたのですが。 青空で太陽が出ていて花に直射日光が当たっていると、花は萎えてしまいます、これでは私的には紫陽花になりません。 そう謂う事で19日と昨日に撮影した写真をご覧頂きます。
最初の写真は、19日に国分寺の殿ヶ谷戸庭園で撮りました。 庭園内にある小さな滝です、川幅が50cm程の小川に在る滝なのですが、落差が大きいので立派な滝に見えます、面白い滝が撮れるのでは。
二枚目の写真は、この一週間ほど力を入れていた紫陽花です、昨日24日に白山神社で撮影したものです、ピンクの花弁が可愛かったのでシャッタを切りました。 この日は都営地下鉄三田線巡りです、千石駅の六義園から、隣の駅の白山神社と廻って、そして結果がこれです。
2024年06月18日
徘徊歳時記 ’24-32 花火・紫陽花
2024.06.18
徘徊歳時記 ’24-32
花火・紫陽花
今日6/18(火)は朝から雨です、雨の日は紫陽花の撮影、この季節はこれを撮影の基本にされている写真家の先生方もかなりの人数いらっしゃるものと思います。
私の場合は、曇りとポツポツの日は撮影に出ますが、今日位の降りですと考えてしまいます、これだから先生の領域に辿り着けないのでしょうか。 祇園祭ならば台風でも撮影に出るのですが、徘徊歳時記や植物図鑑ですと二の足を踏んでしまいます。
14(金)の年金支給日は、小石川後楽園から千石の六義園と回りました、後楽園は終わり掛けの菖蒲を、六義園は紫陽花の撮影を目的に出掛けたのですが。 枯れかけた菖蒲は撮れたものの、紫陽花は今一でした天候の関係も在るのかな、こんな感覚です。
土・日は天気が良好過ぎたので2日間の休養をとって、17(月)は向島百花園に出向きました。 紫陽花は勿論のこと、初夏の花が色々と撮影できました。
最初にご覧頂く写真は14日に、六義園から都営三田線の千石駅に戻る時に撮りました、オレンジの透けた感じが気に入ってシャッタを切ったのですが。 ネットで検索したところ、オクナ・セルラータと出て来ました、別名はミッキーマウスの木だとのことです。
二枚目の写真は紫陽花ですが、17日に向島百花園で撮りました。 ネームプレートには墨田の花火と有りました、花弁がアッチコッチと広がっているところを、花火に見立てたのでしょうか?
三枚目の写真はススキです、同じく17日に向島で撮りました。 ネームプレートには鷹の羽薄と有りました、この芒は今までに何度か見掛けています、縞模様がアクセントでしょうか。
2024年06月13日
徘徊歳時記 ’24-31 梅雨は何時
2024.06.13
徘徊歳時記 ’24-31
梅雨は何時
六月も中旬に成ってしまいました。 例年ならば梅雨に入っている時期なのでしょうが、今年は未だ梅雨入りしておりません、来週だとか再来週だとか梅雨入りの時期すらハッキリしていない状況です。 雨の日が少ないので初夏の花は撮り易いのですが、やはり梅雨の花を撮りたいのも現実です。
8(金)、11(火)、12(水)と徘徊に出ていました。 8日は桃園川緑地公園と井の頭公園を、11日は向島百花園を、そして昨日は国分寺の殿ヶ谷戸庭園と、精力的に巡ったのですが其の成果をご覧ください、そしてご高庇頂ければ有難いのですが。
最初にご覧頂くのは、桃園川緑地公園で撮影した紫の花です。 初めて見かけた花です、ネットで検索したところ「ジャカランダ」と出て来ました、日本名は「桐擬」だとの事です。 面白い花なので、来年もう一度トライして見たいと考えています
二枚目の写真は紫陽花です、11日に向島百花園で撮りました。 額紫陽花の様ですが外周の花びらがありません、ヤマアジサイ系の花なのでしょうか、また勉強のネタが増えてしまいました。
三点目にご覧いただくのは、美容柳の花弁が水の上に散ったところです、12日に殿ヶ谷戸庭園で撮りました。 庭園内には小さな滝のような、小川のような流れがあります、花だけでは無く水も撮影の対象になりそうです。 美容柳は未央柳と書く事もあるようです、ビョウヤナギと読むのかミオヤナギと呼べば良いのか、良く判りません。