2022年08月12日

徘徊歳時記 ’22-39 八重の槿

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2022.08.12

徘徊歳時記 ’22-39
八重の槿

 一寸ご無沙汰をしていました、8/4以来だと思います、祇園祭の疲れが出て何をする気にもなれない状態でした。
 5日は京都に行く前に受診した市の健康診断の結果を聞きに、加えて肝炎やら何やらの予防接種を受けに、病院に出向きました。 検診結果はいろいろな数値が標準値を越えているとの事、例年の事なのですが70歳の節目なので追加検査をすることにしました。
 6日、7日、8日の3日間は何をする気にもなれず、家でグウタラしていました。 9日は追加の検査で病院へ。
 10日はまた家でグウタラ、11日になって8月に入って初めての徘徊に出ました。 中央線の三鷹駅南口から玉川上水に沿って井の頭公園へ、祇園祭の疲れはホボ無くなっていましたが、暑さには叶いません。

 一枚目の写真は槿なのですが、八重なのか半八重なのか区別に困る状態です。 私的には八重だと思うのですが、此のBlogをご覧の方でこの辺にお詳しい方いらっしゃいましたら、ご教授頂けませんでしょうか。
 二枚目の写真は百日紅(サルスベリ)です、花の真下辺りから見上げたショットですが、空の青がもう少し出ていたらと思っています。

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2022年08月04日

祇園祭 ’22–尾 コロナ祇園祭

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2022.08.04

祇園祭 ’22–尾
コロナ祇園祭

 2日の夕方東京に戻りました、朝9時過ぎ京都駅から高速バスに乗って、16時半過ぎに新宿につきました。 昨日は一日掛けて、チンタラと荷物の整理をしていました。

 東京に帰って来ているのに、祇園祭をタイトルに掲げているのはおかしいとお思いでしょうが、あえてここ3年のコロナ禍での祇園祭を振り返ってみます。 まずは、よく今年は山鉾曳廻ができたなと言うことです、大変なご苦労が有ったものと推察致します。
 一昨年のコロナ元年は、山建・鉾建は無く、町家の2階の窓に稚児人形を飾るのみでした。 神幸祭・還幸祭はと云えば、神体の分霊を写した神籬を馬の背に乗せて、神社と御旅所の間を往復するのみでした。
 二年目は鉾建はしたものの曳廻は無く、御幣を携えた町役員の御旅所への社参。 前祭は四条烏丸に集合して御旅所まで、後祭は三条烏丸に集合して三条通・寺町を通る昔の曳廻コースで行われました。 渡御の関しては、御旅所に置かれている元年と同じ神籬を、氏子地域を毎夕巡らせる、興味深い趣向に富んだ対応でした。
 今年はどうだったのか、山鉾曳廻に関しては従来と変わりなく行われました。 神幸祭・還幸祭に関しては、神輿渡御は行われたものの神社と御旅所の往復のみでした。

 一枚目の写真は元年の還幸祭です。 馬に乗せた神籬の行列が、石段下で大きくマワセマワセをしているところです、これには感動しました。
 二枚目の写真は神籬が御旅所にある1週間の間、毎夕氏子地域を巡っている1コマです。 22日の夕刻、北観音山の町内を通っているところです。
 三枚目は今年の還幸祭です。 三社の神輿を四条大橋の上で並べたところです、バックの空は夕焼けです、こんなタイミングで神輿を撮影できるなど、コロナ前には考えも付かなかった事です、怪我の功名でしょうか。

 とにかく此の三年、町衆は自分の持ち場でそれぞれに頑張ったと思います。

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2022年07月31日

祇園祭 ’22–末 疫神の祓

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2022.07.31

祇園祭 ’22–末
疫神の祓

 7月31日、1ヶ月にも及ぶ祇園祭も今日でお仕舞いです。 今日は疫神社の夏越祓がありました、此の夏越祓を行う為の1ヶ月にも及ぶ馬鹿騒ぎが祇園祭なのです。 キリスト教で言うところのセレモニー(神事)、此の神事を催行する前の1週間に及ぶ断食、そして断食に入る前のバカ騒ぎがカーニバルだと何かで読んだ記憶があります。 神事と付け祭そして浮立(風流)、日本も西洋も祭の形態は似たり寄ったりだと感じます。
 29日は身体が思うようにならず、一日ホテルでグウタラしていたと前回のブログで書きました。 昨日は身体も好くなったので徘徊に出ました、地下鉄南北線を丸太町駅で下車して、京都御苑の中をチンタラ歩いて、閑院宮邸跡と御所を拝観しながら今出川に出ます。 その後、相国寺の境内を南から北に抜けて、上御霊神社まで行き、鞍馬口駅から地下鉄に乗りました。

 一枚目の写真は夏越祓の会場、疫神社へ向かうご奉仕の神官の列です。
 二枚目の写真は夏越祓の会場で、来賓の氏子のお世話をしていた巫女です。
 三枚目の写真は昨日の徘徊の折、御所の御池庭で撮影した芒です。 チョット季節が早いのかなと感じたのですが。

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2022年07月29日

祇園祭 ’22–12 お迎え提灯

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2022.07.29

祇園祭 ’22–12
お迎え提灯

 今日は29日、朝は起きられたのですが25日と同じように、出掛ける気力が湧いて来ません。 祇園祭の行事が無いので植物園にでも行こうかと思っていたのですが、身体が付いて行きません。
 昨日は後の神輿洗でした、10日の前の神輿洗は神輿を庫から出して、一年の埃を払って、宮川の水で清めて舞殿に飾るセレモニーです。 そして後の神輿洗は、神輿を庫に仕舞うための神事です。 同じ神輿洗ですが、後のそれに比べると前の神輿洗は華やかなように感じます、1年間待ちに待った祇園の神輿が氏子地域に来る、そんな気運が前の神輿洗には有るからかも知れません。 お迎え提灯が行われるのも、その辺りから始まった事なのかも知れません。

 添付写真の一枚目は祇園守です、昨日神輿洗が始まる前に本殿の裏で撮影しました、八坂神社の境内で祇園守を撮影するのは今年初めてです。 前祭の蟷螂山の舁き初めの時に、山の町家の前に咲いているのを山と併せて撮っていますが、とにかく今年は開花が遅れているなと感じています。
 二枚目の写真はお迎え提灯です、何故か昨日28日の後の神輿洗の終了後に行われました。 従来は10日の前の神輿洗に付随して行われて来たのですが、今年に限って後の神輿洗の時に行われました。

 後の神輿洗のお迎え提灯、異例中の異例ですがそれだけ氏子達の想いが籠っている、そう捉えるべきでしょう。 コロナの脅威が無い、何の制約も無い、二重人格の森寿雄前宮司の影響も無い、今まで通りの祇園祭を来年は迎えたい、こんな想いを感じたのは私だけでしょうか。
 「二重人格の森寿雄前宮司」は、私が言い出した事ではありません、氏子達の間で囁かれている事です。

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2022年07月27日

徘徊歳時記 ’22-38 京乃歳時記

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2022.07.27

徘徊歳時記 ’22-38
京乃歳時記
 
 徘徊歳時記のタイトルで此のBlogを書くのは7/9以来の事かと記憶しています、昨日と今日は祇園祭に関する行事が無かったので市内をブラついていました。 今年はコロナ祇園祭ですので、例年ならば行われる行事も中止になったりしていますが、これも仕方のない事なのかも知れません。

 昨日の徘徊は市バスを東山の知恩院前で下車して、祇園白川の行者橋を渡って、古川町商店街を抜けて、神宮道から仁王門通を通って、鴨川に出ます、何ともまとまりの無いコースです。 今日は東福寺に行って来ました、天得院の桔梗は終わってしまったのか、門は閉ざされ特別拝観は有りません。

 添付写真の一枚目は子供の水遊びの1コマです、鴨川の丸太町と二条の中間くらいで撮影したものです。 鴨川での水遊びは結構見かけます、小さな子を連れたファミリーもあれば、おじさんが泳いでいるシーンも見かけます。
 二枚目の写真は、チョット早いようですが萩の花です、天得院の脇あたりの個人のお宅の前に咲いていました。 立秋は8月7日ですので、早いのかなと思っています。

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2022年07月25日

祇園祭 ’22–11 コロナ還幸祭

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2022.07.25

祇園祭 ’22–11
コロナ還幸祭

 今日は25日、後祭の山鉾解体の日なのですが、ホテルで洗濯をしながら此のBlogを書いています。 朝は目覚ましが鳴る10分ほど前に目が覚めたのですが、ここ数日頑張り過ぎたのでしょうか、身体が思うように成りません、よって午前中は休養を摂る事にしました。

 一昨日が宵山、昨日が後祭の山鉾曳廻とコロナ還幸祭でした、この辺りで頑張り過ぎたのでしょうか、前祭の疲れも残っていたはずです。 私の年齢ですが、祇園祭が終わって東京に戻った時には70歳に成っています、50代まではそれなりに動けていたのですが、最近は思うように成らなくなりました。

 添付写真の一枚目は、23日に撮影した屏風祭の1コマです。 飾られている各家のお宝だけを撮るのも一つの考え方ですが、幕や見物客を併せて撮影するのも、また一つの表現方法ではないでしょうか。
 二枚目の写真は昨日の山鉾曳廻の一コマです、鷹山の四条新町での辻廻ですが、これが5回目の辻廻で其れなりの出来栄えでした。 しかし朝一番の、町内を出発する時の辻廻はチョット梃子摺っていたように見えました、そもそも今日がお披露目ですから。
 三枚目の写真は昨日の夕方に撮影したコロナ還幸祭の1コマです。 四条大橋の上に三社の神輿が揃った時のものです、高張提灯と空の彩(イロ)のバランスが面白いと思いませんか。

 22日の夜に645Dで駒形提灯の撮影に臨みました、やはりシャッタの摩擦音が出ていました、リコーイメージングの欠陥カメラにも困ったものです。

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2022年07月21日

祇園祭 ’22–10 曳初・舁初

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2022.07.21

祇園祭 ’22–10
曳初・舁初

 昨日20日は後祭の曳初、そして今日の午前中は橋弁慶山の舁初が有りました。
 昨日の曳初は鷹山が大混雑だったそうです、私は見ていないのであくまで人聞きの話です、見てはおりませんが混雑する事は読めて居たので、私は大船鉾に居ました。 今日の橋弁慶山の舁初の人出は例年位だったと思います。

 一枚目の写真は昨日行われた、大船鉾の曳初の1コマです。 囃子方の鉦の緒ですと音頭取りの背中です、緒がもう少し跳ねているともっと面白い絵になったかも知れません。
 二枚目の写真は今日行われた、橋弁慶山の舁初の1コマです。 五条大橋、現在の松原橋の欄干の擬宝珠の上に立っているシーンです、下から見上げてみました。

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2022年07月20日

祇園祭 ’22–09 雨の鉾建

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2022.07.20

祇園祭 ’22–09
雨の鉾建

 昨日は一日中雨でした、朝一番10時前に大船鉾に行ったのですが、観光客も報道も居りません、去年まではあんなに人集りだったのに、鷹山できたからでしょうか、それとも雨の平日だからでしょうか。 知り合いのカメラマンが今年は大船を撮るとの事で早朝より来ていました。
 新町を北に上がって、南観音山、北観音山を通って鷹山まで行きます。 昨日はあんなにごった返していた鷹山ですが、今日は報道も観光客もゼロです、どうも雨の平日が原因のようです。 観光客については解りますが、報道については理解できません、雨の日は取材に出ないのでしょうか、そんな気まぐれ有りなのでしょうか。 あの嫌な女記者が来ていなかった事だけは幸いです、そのままずっと顔を出さないでくれると有り難いのですが。
 今日は朝から好い天気です、陽も射しています、午後から行われる後祭の曳初が楽しみです。


 添付写真の一枚目は昨日行われた松取の1コマです。 北観音と南観音は同じ造園業者が真松を持って来ます、くじを引いて勝った方が好みの松を選ぶ、此のような行事ですが何時から始まったのでしょうか。
 二枚目は17日の山鉾曳廻の一コマです、くじ改めの前で放下鉾が稚児人形を舞わせているところです。 放下鉾の稚児人形は、よその鉾と異なり文楽人形になっています、舞は長刀稚児と同じく太平の舞だそうです。

 放下鉾の稚児人形の太平の舞は、PENTAXの645Dで撮影しました、シャッタの擦れる音は気に成らなかったのですが、摩擦音が出ていなかったのか、それとも周りの騒音に掻き消されていたのかは不明です。

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2022年07月18日

祇園祭 ’22–08 嫌な女記者

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2022.07.18

祇園祭 ’22–08
嫌な女記者

 今日は18日、祇園祭も前半戦が終わって一休みと言ったところでしょうか。 一昨日の宵山、昨日の山鉾曳廻並びに神幸祭、久々の本格的な祇園祭にチョット疲れが出て、此のブログを書く気力が出ない状況でした。

 今朝は岩戸山の松切りから始めました、松切りに関してはコロナ以前に、北観音山、南観音山を含めて、何とかお見せ出来る写真が撮れています、各山の違いもお示し出来る状態です。 そのような状況での岩戸山の再トライです、連写機能を使っての松が倒れて行く、その流れにチャレンジして見ました。
 そのあと鷹山のお披露目の山建の場所で嫌な女にあってしまいました、何かと私の行動に文句を垂れる嫌な女です。 どこぞの新聞社の記者らしいのですが、自分を特権階級の人間だと誤解している様子です、何とも困った女です。 此の場所は許可の出ている人間だけが入って撮影できる場所だとノタマワルのです、それは山鉾町の関係書のいう事で、一介の新聞記者風情の言う事では無いかと思います。 一介の記者風情が余計な事を言い過ぎると、山鉾町にそのトバッチリが行くような気がします、ご自分のお立場をお考えに成るべきでは!

 添付写真の一枚目は16日に撮影した駒形提灯です。 8時過ぎぐらいでしょうか、お若いカメラマンが撮影していたので、横に行って前を見ると、面白い絵に成りそうます。 来年挑戦する積もりで記憶のためにシャッタを切りました、先に居たカメラマンの方には、面白いアングルなので来年撮影するからと、名乗って置きました。 少し大きめに撮っています、よってトリミングなどもしていません。 右手前が長刀鉾で、真ん中が函谷鉾、左の奥が月鉾です。
 二枚目の写真は17日の山鉾曳廻での撮影です、注連縄切りの前、斎竹に注連縄を張って長刀鉾の到着を待っている状況です。 裃を着て後ろを向いている方たちは高橋町の皆様です、斎竹建を担当している町内です。 真ん中辺りに居るメデア関係者でしょうか、何とも邪魔な御仁です、前出の嫌な女記者と同様に自分達の立場を考えたら如何ですか、TVにしても新聞にしてもエンドユーザは誰なのか。

 そう言う事で今日の写真は有りません。

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2022年07月15日

祇園祭 ’22–07 灯火もらい

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2022.07.15

祇園祭 ’22–07
灯火もらい

 今日は15日です、昨日から前祭の宵山が始まっています。 10日の鉾建から13日の曳初までは昼間の行事です、夜の撮影は無いと思うのですがここで撮影のポジションを見付ける事が出来れば、それはもう祇園祭の上級者だろうと思います、少なくとも観光客の段階は卒業されたのでしょう。 14日、15日、16日は宵山ですので夜が中心に成ります、行事も夜が中心ですし駒形提灯に灯が入るのも夜です、でもここで昼間の撮影ができれば!

 一枚目の写真は14日に撮影した灯火もらいの一コマです、八坂神社の本殿内で提灯に貰った灯火を鉾に持って帰ります。 灯火を携えて鉾に戻ったお稚児さんたちが、長刀鉾を背景に記念撮影をしているところです。
 二枚目の写真は今日の午前中に放火鉾の町家で撮影しました、町家の入り口の脇に受付があります、その後ろに飾られていました。 何かと云えば鉾の天井です、屋根の内側を隠しています、中心部分の穴に真柱が通ります。 放火鉾にはお世話になっている知合いもいるのですが、此の写真はコネを利用しておりません。

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