2016年09月29日

御柱祭 08 狭い境内

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2016.09.29

御柱祭 08
狭い境内

 前回(7/27)のブログで、小宮の御柱祭の撮影のため上諏訪まで行って来たと書きました、今日はその続きです。 7月25日(日)は八剱神社、手長神社ともに里曳きです、昼間は両社共に街の中を曳き廻しているところを撮影して、夜は長手神社の石段登りと八剱神社の境内曳き込みの撮影でした。
 そしていよいよ26日(月)は建御柱です、朝8時に八剱神社に到着すると準備作業はすでに始まっています、6時から始めたとの事です。 御柱の先端を三角錐の形状に加工するのですが、この冠落しを始めるための神事、そして冠落しと作業は続きます。 大きな御柱が四本、境内にごろんと置かれています、境内が狭いため柱はブツカリそうな重なりそうな状態で転がされています。 一之柱の神事が終わると二之柱の神事が行われます、このとき一之柱は冠落しの作業に入っています、在る柱の撮影をしていると別の柱の作業がバックに入ります、御本社(諏訪大社)の御柱では観られない光景です。 柱を建て始めるのは午後からです、一之柱が建て始めると間も無く二之柱も建て始めます、境内が狭いので一之柱と二之柱が同時進行で建ち上がって行くところが撮影出来ました、二本の御柱が一つの画面に入るシーン、是も小宮の御柱祭ならではでしょうか、境内の狭さが幸いしています、お陰様で挑戦的な画が撮れました。
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2016年09月27日

御柱祭り 07 小宮の御柱祭

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2016.09.27

御柱祭り 07
小宮の御柱祭

 御柱祭は5月に行われた下社秋宮の建御柱をもって終了したはずです、何故に今更御柱祭なのだとのご意見もお在りでしょうが、諏訪大社の御柱祭が催行される寅と申の年には、諏訪地方の各地の神社で小宮の御柱祭が行われます。 小宮の御柱祭が行われる神社は、諏訪大社の摂社や末社などと考えていたのですが、八幡宮・賀茂神社・熊野神社など出雲の神様とは関係なさそうなお宮でも行われています。
 今回は9月24日(土)の朝に出発して、諏訪市内に在る八剱神社と手長神社の御柱を撮影して、26日(月)の夜に戻って来ました。 八剱神社は上諏訪の駅から南東に1km弱のところに在ります、手長神社は上諏訪駅の東200m程の山の中腹に在ります。 東京を出た時は八剱神社だけの予定だったのですが、現地の着くと八剱神社の隣(500m程)の手長神社でも行われている事を知りました、是を逃す手は無いと二社同時に撮影する事に成りました。 八剱神社の里曳の出発場所が高島城だとの事は承知していました、お城をバックに御柱の撮影が出来ると楽しみに出掛けました。 手長神社の方は行ってから解った事ですが、本殿が山の中腹に在る為に御柱は長い石段を上って行きます、ここが撮影ポイントでしょうか。 高島城前の出発は朝の9時ころ、石段登りは夜の6時頃から、双方とも25日です。
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2016年09月23日

徘徊歳時記 27 曼珠沙華

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2016.09.23

徘徊歳時記 27
曼珠沙華

 今朝は雨上がりの井の頭公園を徘徊しました、台風16号は何処かに行ってしまいましたが、南の洋上には次の台風が出来始めているようです。
 井之頭公園の撮影は祇園祭から帰って来た8月8日が最後でした、久々の事です季節も夏から秋に変わっていました。 雨上がりは人も少なく撮影し易いのですが、足元が悪い上に立て膝を着いての撮影も躊躇します、でも葉の先に水滴の着いているカットは雨上がりならでわです。 徘徊の途中で曼珠沙華を見付けました、この花を見ると夏が終わった事を感じます。
 この時期は祭りも多く、彼方此方と飛び歩いています。
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2016年09月18日

徘徊歳時記 26 ぼんぼりまつり

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2016.09.18

徘徊歳時記 26
ぼんぼりまつり

 9月18日、日曜日、朝から曇り、いつ雨が降って来てもおかしく無い空模様。
 小学生の作文みたいな書き出しで始まりました、こんな天気に成る事は昨日から解っていた事なので、撮影は昨日のうちに済ませておきました。 今回の撮影地はまあまあ近いところです、中原日枝神社の例大祭、神奈川県平塚市ですがJRの平塚駅からは少し在ります。 駅前からバスに乗る予定でした、駅ビルを出てロータリーに在るバス路線を示す掲示板を見ます、しかしどのバスに乗れば好いのか解りません。 しかたなく歩いたのですが最初の山車を見付けるまでに30分以上、神社に到着するまでですと45分程掛ったでしょうか。 このバスに乗らなかった事が大正解、途中でぼんぼり祭りを開催中している神社の前を通ります、まだ明るかったので撮影は帰りにと決めて先を急いだのですが、是こそ正に徘徊歳時記です。
 中原日枝神社の山車は四輪の囃子屋台ですが、前輪は後輪よりも小さく楫が切れる様に出来ています、山車本体は終戦後の製作と思われます、軽トラの荷台に載せた囃子屋台も在りました、是も四輪の山車でしょうか。 囃子は締太鼓と大太鼓ですが、締太鼓はターンバックルで締め上げているので、高い音色が出ますが革の傷みは早いと思います。
 ぼんぼり祭りはあちこちの神社で行われているようですが、有名なところでは鎌倉の鶴岡八幡宮、それと京都の伏見稲荷大社こんなところでしょうか。
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2016年09月13日

石鳥谷まつり

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2016.09.13

石鳥谷まつり

 11日の日曜日に岩手から東京に戻りました、金曜日、土曜日は石鳥谷の祭りを撮影していました。 石鳥谷は北上駅から東北本線で北へ4駅、住居表示で言うと岩手県花巻市石鳥谷町です。
 石鳥谷祭りの山車は二輪単層露天の人形山車です、盛岡のそれと同型ですが石鳥谷の方が一回り大きい様に見受けました。 人形は正面から見る物と後方から見る物の2体が乗っています、歌舞伎で謂うところの荒事の人形を正面に置き、裏は和事に成る様に構成しているのでしょうか。 人形を挟んで山車の前後に太鼓が乗っています、前側が締太鼓、後が大太鼓です、笛や鉦は山車の左右と後ろを歩きます。 写真に見える山車の前方下部に在る蛇の舌の様な部材ですが、同じ物が後方にも在ります、前の物がブレーキで後方の物が転倒防止の様に見えました。
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2016年09月10日

徘徊歳時記 25 Suica

2016.09.10

徘徊歳時記 25
Suica

 ただいま北上駅前のホテルに居ます、昨日新潟駅発06:07の白新線に乗り、新発田駅で羽越線に乗り換え、余目駅で陸羽線に乗り換えて、それから新庄駅で奥羽本線に乗り換えます、その後横手駅で北上線に乗り換えようとしているときに第1回目の問題が起こりました。
 横手駅に到着したのが12:49、北上線の発車が13:44ですので1時間程の待ち合わせ時間があります、時間が時間ですので昼食が摂りたく成ります。 一度外へ出ようと改札口へ行くと、Suicaの処理が出来ないと言われます、Suica対応の自動改札機が在るのに使用出来ないとの事です、精算口にもSuica処理用のP.C.は無いようです。 全ての処理は目的地の北上で行うと云う事で、特別処置で食事のため外に出して頂きました。
 北上駅に到着すると改札の駅員が待ち構えています、横手駅から電話が入っているので当然に対応です、二度目の問題はここで起こります。 精算口でSuica処理用のP.C.で新潟駅から乗車した事を確認します、しかし処理が出来ないので、『現金で支払ってくれ、入場記録は取り消せないので精算した証明を書くから、Suica処理が出来る駅で処理してもらってくれ』、こんな生意気な事を押し付けて来ます。 このまま改札口を通過して無賃乗車だの、キセルだのと云われるのも侵害です、警察を呼んでもらいます。
 この時点で、この客は言いくるめられない、自分たちの言い分に否が在ると理解出来なかったのでしょうか。 駆けつけた交番の巡査も間抜けです、処理出来ないのだからしかたない、私が無賃乗車だと云わんばかり、困った地方公務員です。 Suicaには残高が¥5,000−程在りますので、『Suicaの処理が出来る出来無いはJR側の問題です』、民事不介入ですと言い切れば好かったのです、でもそこは地方なのでしょうね。
 北上駅は新幹線の乗り入れている駅です、もうチョット何とか成らなかったのでしょうか。 マニュアルがどうの、時刻表にも書いてある、こんな事は単なる言い訳、客の方を見ていないからこんなワケの分からないマニュアルが出来るのでしょう。 私に対応した職員は駅長と助役です、マニュアルに則りに仕事する社員ではなく、マニュアルを書く側、不備に対応する側の管理職です。 
 果てには、『誰かに現金を振り込ませてくれ、振込を確認しだい改札を出してやる』、何とも横柄な言い方です、呆れる限り国鉄時代のままです。
 このゴタゴタ結末は如何成ったと思いますか。
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2016年09月09日

徘徊歳時記 24 頑張れ小柳

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2016.09.09

徘徊歳時記 24
頑張れ小柳

 新潟の撮影が終わり今日は移動日です、朝の5時に起床して新潟発06:07の電車に乗って、後は各駅停車を乗継いで岩手県に向かいます。
 一昨日と昨日は、新潟3件目の葛塚まつりを撮影していました、新潟市北区の石動神社と稲荷神社の祭礼です、地元では喧嘩灯籠と呼んでいる担ぎ屋台が出ます、実際は張り子の人形屋台です。 喧嘩灯籠と云うからにはブツケ合うのでしょうか、会所前に留め置かれているところと、担がれて単独で揉み合っているところは撮影出来たのですが、喧嘩と言われる様なシーンは撮れていません。
 豊栄駅を出ても駅前には祭をしている様子は在りません、駅前のアーケード街を歩いていると、頑張れ『小柳』東幕下筆頭、こんなポスターを見付けました小柳関の出身地のようです。 アーケード街を500m程歩くとヨウヨウ釣やら、射的やら、お好み焼・焼きそばやらの模擬店が沢山出ています、しかし祭礼の気配はありません。 稲荷神社まで行くと鳥居の前に、灯籠と呼ばれている屋台が飾られています、やっとの事で祭りの気配が確認出来ました。 駅前のアーケード街は何も無いので、帰り道は神社の脇の裏通りを歩いて行きます、通り沿いの家々には提灯が飾られ紅白の幕も張られています、会所の前には灯籠もおかれています。 解りましたこの通りが元々のメインストリートだったのです。
 ただ今余目(アマルメ)です到着は09:15でした、ここで10:03発車の陸羽西線に乗り換えます。
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2016年09月07日

新潟4日目

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2016.09.07

新潟4日目

 新潟の祭撮影ツアーも4日目に入りました、9/4(日)の瀬波大祭の撮影で始まって、一昨日そして昨日は中条まつりを撮影して、今日からは3件目の撮影に成ります。
 中条まつりには二輪の踊屋台が4基と、二輪二層の人形山車が1基在ります。 人形山車は瀬波のそれと同型ですが、何故か神輿に露払いさせて曳き廻されていました、此れには一寸違和感を覚えました、また人形山車は神輿の渡御のとき以外には動きません。 踊屋台は4基別々に曳き廻され20〜30m進んでは踊りを披露します、御捻りを頂いているお宅の前で止めて、屋台の先端をお宅の玄関に向けて踊る訳です。 踊の演目は花笠音頭、秋田音頭などで、動く盆踊りと云ったところです。 唄は方言で唱っているのですが、それが山形弁なのか秋田弁なのか、それとも新潟弁なのかは私には区別が着きません。 それからこの踊屋台ですが、どうも人形山車を改造したように見受けられます、車軸とシャーシ(梶棒の後方)の造りが、屋根部分(舞台)のそれと異なるように感じます。 人形山車の二層の楼閣部分を降ろして、残ったシャーシの上に舞台と屋根を仮設した、こんなところでしょうか。 車輪も直径が半分くらいと小さく成っています、舞台の高さを合わせる為か車軸とシャーシの間にスペーサの角材を入れています。
 噺は変わります、祇園祭でも『神輿に山鉾の前を渡御させる』と、豪語していた関係者も居りました。 神輿に山鉾の露払いをさせる、是は本末転倒でしょう。
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2016年09月05日

徘徊歳時記 23 ドラゴン

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2016.09.05

徘徊歳時記 23
ドラゴン

 添付写真の一枚目、雲の写真ですが龍(ドラゴン)に見えませんか、徘徊と云っていますが吉祥寺界隈や東京近郊では在りません、撮影場所は新潟県村上市ですが新潟県でも北のはずれです。 芭蕉でも在るまいに、何故にこんなところまで徘徊して来たのかとの向きも在りますが、祭りの撮影で全国を巡り歩くのもまた徘徊でしょう。
 昨日は村上市の瀬波地区で行われた瀬波大祭の撮影でした、大祭とは言っておりますがそれ程の規模では在りません、二輪二層の人形山車が5基曳き廻されます。 上層に人形を飾り下層に囃子の子供達が乗ります、二枚目の写真の山車では人形の上に屋根が在りますが、もとは露店だったように見受けられます、使われている部材や加工のディテールが違うように感じます、また梶棒も後加工で1m程長くしています。 昼間は子供達やお母さん達を交えてゆるゆると曳き廻されますが、夜は若い人達だけで蛇行しながら勢いよく曳かれます、昼間のゆるゆるは暑さの所為も在るのでしょうか。 山車に因っては囃子方の子供達が長襦袢を着ています、正に滋賀県大津市の大津祭のようです、それと山車の車輪ですが祇園祭の鉾のそれと同じくらいの大きさが在ります。 其れほど大規模の祭では在りませんが見所はイロイロ在ります、山車の調査をされている方には必見かもしれません。
posted by kazz at 09:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする